陽が昇る前から車を海へと走らせる。
そして、目的地に着くと、
日の出に合わせ、まずはコーヒーをドリップすることから始める。
眼前には、オレンジ色に染まる空と海。
サーバーに滴り落ちる抽出液の音と潮騒のハーモニーが堪らなく愛おしい……。
今回は、そんなコーヒー好きの初老サーファーの海への想いを綴ってみたい。
サーファーの朝
サーファーの朝は早い。
午前3時。
体内時計で自然に目が覚める。
ベッドから這い出すと、一通りの身支度を整えてからコーヒーを啜る。
人にもよるだろうが、目覚めの一杯は、筆者にとって欠かすことのできない儀式のようなものである。
もちろん、アウトドア用のコーヒー道具一式も用意を怠らない。
今日は、ほどよい南ウネリが入る予報だ。
いつものホームポイントではなく、片道80キロばかりの南のポイントを目指す。
もっとも、サーファーにとっての往復160キロは、至極近場と言える距離でもある。
車に乗り込むと、すかさずスマートフォンとカーステレオをAUX端子で繋ぐ。
続いて愛用しているSpotifyを開き、お気に入りのプレイリストをタップしてから車を走らせる。
それは、サーフィン用に作成した「波乗りプレイリスト」だ。
ほどなくすると、車内にアートブレーキ―の「Mornin’」が軽快に流れ出す。
しばらく車を走らせてから朝食を調達する。
大抵はサンドウィッチをコンビニで買い求める。
やはり、海を眺めながらの朝食は、コーヒーとサンドウィッチに限るのだ。
(出来れば手の込んだ誰かの手作りサンドウィッチが理想だが、
男やもめでは、コンビニで買い求めるのが関の山である)
コンビニを後にしRoute 55へ戻ると、
海への期待を掻き立てるように「Are You Real」が流れ出す。
海は自然そのもの
穏やかな海に荒々しい海。
海は、その時々の気象によりさまざまな顔を覗かせる。
正に、海は自然そのものなのだ。
故に、サーファーは、海に畏敬の念を持っている。
大自然のパワーの前では、人など木の葉に等しいからだ。
なめてかかると、いとも簡単に人の命を奪ってしまう。
もちろん、冒険心も必要だが、
自分の力量を超えた波(=海)に挑むのは、自殺行為と言えなくもない。
また、一見穏やかそうに見える海にも危険は潜む。
サーフィンを始めたばかりの初心者が、その恐怖を体験することがある。
それは、カレントと呼ばれる離岸流だ。
潮は「寄せては返す」を繰り返している。
その「返し」に当たるのがカレント(=離岸流)である。
経験者は、このカレントを上手く使って沖のポイントまでパドルアウトするが、
初心者は、ただただ沖へ沖へと流されてしまう。
当然、岸へ戻ろうと全力でパドルするのだが戻れない。
カレントに人の力で逆らうことはできないからだ。
その他にも、
猛毒を持つクラゲやエイ、更にはサメなどにも注意が必要だ。
波待ちをしているすぐ目の前をサメの背ビレが通り過ぎた際の恐怖は、
小型のサメだったとは言え、いまだに忘れることができない。
このように、海という大自然の前では、人は本当にちっぽけな存在なのである。
海へと続く山道
上古において「長ノ国」または「出雲」と呼ばれた阿波の海岸線に沿ってRoute 55を南下する。
この阿波国の南の海岸沿いには、
大国主命や事代主を祭る式内社(=延喜式神名帳)およびその本宮があるが、
全国的にはまったく知られていない。
それどころか、世間の常識では、大国主と事代主は島根県ゆかりの神様と信じられている。
しかし、古事記(ふることふみ)が編纂された時代に現在の出雲は存在しても、
古事記が描く神話時代には、まだ現在の島根の出雲は存在しない(=国生みされていない)のだ。
などと最近になって仕込んだウンチクを思い出しながら快調に車を走らせる。
この南へ向かうRoute 55は、地図上は海岸線に沿って走っているのだが、
実際には、向かうポイントまで山景色ばかりが続く道程である。
その山道は、昼間であれば歩き遍路のお遍路さんと遭遇する機会が多い。
また、最近では、外国人のお遍路さんも珍しくない。
そんなお遍路さんが目指す南のお寺に薬王寺(=四国八十八か所第23番札所)がある。
厄除の寺として有名な弘法大師ゆかりのお寺だ。
その薬王寺前を走り抜けると、
車内にはジャックジョンソンの声が響き始める。
それから、車はやがて峠道に差し掛かる。
この頃には、辺りの景色が確認できるほどに空が白じむ。
峠を抜ければ、目的地のポイントがある漁港の町に到着だ。
車内の歌声が、ジャックジョンソンからジェイソンムラーズに変わっている。
ロングボーダーと海
筆者は、ロングボーダーである。
ロングボーダーとは、ロングボードに乗るサーファーのことを指す。
9フィート以上の長さのある板をロングボードと呼ぶのだが、
一般のサーファーのイメージは、恐らくショートボーダーではなかろうか?
ショートボードとロングボードは、まったく別の乗り物なのだが、
その違いは、サーフィン経験者でなければ理解が難しい。
ロガー(=ロングボーダー)は、ホレた波ではなく、
少し厚めのメローな波を好む。
ショートボーダーよりも沖で波待ちし、
波がブレイクする前のウネリからテイクオフできるのがロングボードの魅力だ。
さらに、波のサイズも重要で、
ロングボードでゆったりサーフィンを楽しむのであれば、
腰腹から胸サイズの厚めの波が丁度よい。
さらに、風も見逃すことができない要素だ。
陸から沖へ吹く風をオフショアと言い、
オフショアの微風であれば、海面はグラッシー(=面ツル)で最高の状態となる。
一方で、沖から陸へ吹く風をオンショアと言い、
微風なら問題ないが、強いオンショアが吹く海は、海面が乱れてサーフィンを難しくする。
ところで、あさイチの海にサーファーが集まる理由は、
朝の海はオフショアの風であることが多いからなのだ。
サーファーも人の子、できることなら海面の綺麗な海でサーフィンしたいのである。
サーファーの掟
ポイントの駐車場は、ローカルエリアとビジターエリアに分かれている。
実は、サーファーの世界には暗黙の了解があり、
ロコ(=ローカルサーファー)には敬意を払うのが常識なのだ。
駐車場しかり、波待ちしかりである。
何故なら、ロコサーファーは、
そのポイントのクリーン活動や公衆トイレの維持管理に努めているからだ。
当然、サーフィンを楽しみに来るだけのビジターは、
ロコサーファーに感謝しながらサーフィンを楽しむのが当たり前なのである。
ビジターエリアには、既に数台の車が駐車している。
後から来るサーファーに配慮し、
奥から順番に詰めて駐車するのがこのポイントのルールである。
程よい間隔を空け、車を横付けする。
そして、先のりのサーファーと挨拶を交わす。
もちろん初対面であるが、一通りの挨拶の後は、
今朝の波の状態やサーフィンについて話が弾むのが常だ。
しばらくすると、朝陽がくっきりと昇り始める。
朝焼けが実に美しい。
コスタリカのシングルオリジンをドリップし、
先のりしていたサーファーにもおすそ分けしながら、朝食のサンドウィッチを貪り始める。
癒しの海
パドリングし、沖に出て、ただ波待ちしているだけでも癒される。
この感覚は、海でしか味うことができない。
もちろん、条件の整った海での話である。
沖を見つめながら、一筋のウネリを発見する。
そのウネリを目視しながら、沖へ横へと移動し、
反転してウネリをキャッチするのだ。
また、テイクオフしてからの爽快な滑走感は、とても言葉では言い尽くせないものがある。
正に無心になれると言っても過言ではないだろう。
海で癒され、波に乗ってめくるめく快感を味わう。
つくづく、サーフィンに出会った自分を本当に幸せ者だと感じる。
最後に、これだけは声を大にして伝えておきたい。
一般に、サーファーは、チャラい人種と思われがちだがそれは大間違いである。
ちなみに、筆者が初めてサーフィンを体験した時は、
ものの15分でばててしまった。
それも、両ふくらはぎが痙攣するなど、とんでもない状況になったことを思い出す。
サーフィンは、見た目以上にハードなスポーツなのだ。
ところが、上級のサーファーほど、
大変そうに見せないところが、サーファーの「粋」というものではないだろうか?
今回は、サーフィンにどっぷり魅せられた初老サーファーの海への想いを綴ってみた。
サーフィンとアウトドアで飲むコーヒーの魅力を少しでも感じていただければ幸いである。