香りを愉しむ贅沢

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古より、洋の東西を問わず香りは珍重されてきた。

また、宗派を問わず、宗教とのつながりも深い。

なぜか?

人は心地よい香りを嗅ぐと、脳内にアルファ波やエンドルフィンなどの

物質が分泌され、安心感や幸福感などの「癒し」を感じやすくなるためだと言われている。

それはさておき、

珈琲人にとっても香りは重要である。

もちろん、一番の香りは、何と言っても挽き立てのコーヒー豆の香りだ。

それに勝るものはほかに無い。

すなわち、コーヒーの癒し効果は、この香りによるところが大きいのだ。

そのようなわけで今回は、

香りを愉しむちょっとした贅沢について、珈琲人の視点で綴ってみたい。

趣のある香り

ところで、世の中は、さまざまな香りで満ち溢れているが、

皆さんにとって、趣のある香りとはどういうものだろうか?

筆者にとっては、寺院を訪ねた際の香りがそれに当たる。

いわゆる線香の香りである。

両親が共働きだったため、筆者は幼い頃より母方の祖母によく預けられた。

その祖母の家には、立派な仏壇があり、日々線香が焚かれていたのだ。

幼い筆者は、物珍しさも手伝い、

線香を供えてから鈴(りん)を鳴らし過ぎてはよく𠮟られたものである。

そのような懐かしい情景が、寺院を訪ねると、まざまざと甦ってくるのだ。

どこか懐かしい、風情のある香り…。

ちなみに、線香は古代インドが発祥の地である。

香りで周囲を浄化するために焚く。

線香として日本に伝わったのは、室町時代とされ、

それ以降、日本の寺院では、宗派を問わず線香が用いられることになった。

また、余談ではあるが、禅寺で行う座禅の時間を一炷(いっちゅう)と呼ぶ。

この一炷(いっちゅう)は、線香1本が燃え尽きる時間(=約40分)のことを指している。

ちょっとした雑学ネタとして使えるだろう。

果たして今では、旅先の名刹で感じる香りこそ、筆者にとっての趣のある香りなのである。

香りを聞く?

皆さんは、香道(こうどう)という芸道をご存知だろうか?

茶道や華道と同じく、室町時代に誕生した芸道である。

所定の礼儀作法に則り、天然の香木の香りを鑑賞するというものだ。

香道においては、香りは決して「嗅ぐ」のではなく、「聞く」ものらしい。

魂が宿る天然香木の声を聞くという趣旨から、そのように表現する。

また、香道は、聞香(もんこう)と組香(くみこう)の二つの要素で構成され、

聞香(もんこう)は、香木の香りを聞き鑑賞すること、

組香(くみこう)は、香りを聞き分けることを指している。

この香道、線香のように香木に直接火をつけることはしない。

まずは、聞香炉に灰を入れ、おこした香炭団(こうたどん)をその灰の中に埋める。

それから、炭団の上に灰をかきあげ、灰を丁寧に整えた後、

火箸で聞き筋を付け、灰の真ん中に火窓を開ける。

その上に銀葉と呼ばれる鉱物の板を乗せ、

次に、小さく割った香木を置き、熱しながら香りを抽出するのだ。

なお、香りを聞く際は、

香木から煙が上がらないよう灰の高さを調整するのがポイントとなる。

なぜか我が家には、この香道のお道具一式がある。

母親の遺したものだが、筆者に香道の嗜みはないため、恐らくこのまま眠り続けることになるだろう。

しかしながら、筆者は筆者なりに香りを愉しむことが大好きだ。

そこで日々、カジュアルに香を焚いてはその香りを愉しんでいる。

荘厳かつ幽玄な香木

日本における香木の歴史は古い。

記録に残るものとしては、

日本書紀の推古天皇御宇3年(西暦595年)に、現在の淡路島に香木が漂着したという記録がある。

漂着した香木は沈香(じんこう)らしく、

その木片を火にくべたところ、とても良い香りがしたため朝廷に献上したという記録だ。

これは、日本書紀巻22に記載されたトピックスである。

もちろん、日本において香木と言えば、その沈香(じんこう)と白檀(びゃくだん)が有名である。

特に、沈香(じんこう)の中でも質の良いものを伽羅(きゃら)と呼び、

非常に貴重な香木として古より大切にされてきた。

その伽羅(きゃら)の香りを言葉で表すならば、

荘厳

幽玄

という日本語こそ相応しいだろう。

普段の日常生活で、

この「荘厳」や「幽玄」という、

日本人特有の感覚を覚える機会が失われていることからすると、

伽羅(きゃら)の香りを聞く行為は、

さながらタイムマシンに乗った感覚に等しいと言えるのではなかろうか。

お香という選択

香りの癒し効果は絶大である。

珈琲人である筆者は、コーヒーはもちろんのこと、

お香も日々の暮らしの中に採り入れ愉しんでいる。

とてもカジュアルに、

コーンや線香タイプのお香に直接火を点すだけなのでお手軽なのだ。

揺らめく煙と、お香の雅な香り。

日常と隔絶した空間を演出してくれる優れモノである。

少しだけ視点を変えてみるだけで、暮らしの中に彩を添えるものは数多い。

何事も、自身の心持、工夫次第なのだ。

今回は、珈琲人の視点で、香りを愉しむ贅沢について綴ってみた。

香りの癒し効果をぜひ試していただきたい。