今のようにコーヒー専門店が一般的ではなかった頃、コーヒーの区分は、レギュラーコーヒーとインスタントコーヒーの違いで充分であった。
また、喫茶店において注文するコーヒーも、その選択肢は限られていた。
ホットかアメリカン、それにアイスコーヒーしかなかったと言うと、信じてもらえるだろうか?
昭和の喫茶店の風景
もっとも、このような店におけるアイスコーヒーは、季節限定商品であるため、夏場以外はその姿を消す。
すなわち、コーヒーと言えばホットかアメリカンの二択が当たり前という時代があった。
いやいや、今でもそうした昭和の香りがする店は確かに存在する。
注文する側も心得たもので、
「ホットね!」
「こっちはアメリカン!」
で、注文は完了する。
なんとも懐かしく感じる風景である。
そうした店で使用する豆は、大半が大手ナショナルブランドか、あるいは地域の準大手ブランドの挽き豆が中心だ。
店の入り口前にポツンと置かれた電飾看板を見れば、どこの豆を使用しているのかはすぐに分かる。
店の開店祝いに、豆を卸すコーヒー会社が贈るというのが慣例なのだ。
中には店主のこだわりから、雰囲気を重視する店は、業務用グラインダーを店内に設置して豆を挽く。
挽いた豆のフレグランスは、コーヒー好きにとっては堪らない香である。
とは言っても、注文が入ってから豆を挽く店は少数派だ。
もっぱら店内の香りづけのために、暇な時間帯にまとめて豆を挽くことの方が多い。
ブレンドとアメリカン
いずれにしても使用する豆は、標準的な焙煎度合いの標準的なブレンド豆である。
ホットもアメリカンも、同じくそのブレンド豆を使用する。
ところが、店によっては、ホットだけをブレンドコーヒーと称している場合がある。
ホットよりもブレンドの方が音の響きがよいからだろうか?
おそらくMENUに載せるには、ホットよりブレンドと書いた方が納まりがよいからであろう。
アメリカンコーヒーは、通常浅煎り豆を使用するのだが、単にホット(=ブレンド)を湯で薄めて提供する店もある。
日本では「薄ければアメリカン」が定着している笑えない本当の話である。
コーヒーにこだわりを持つ店は、独自のブレンド豆をコーヒー会社にオーダーすることがある。
しかし、大半は、コスト重視で標準的な豆を仕入れるのが一般的だ。
理由は、スタンダードなブレンド豆の方が格段にリーズナブルなためである。
店とコーヒー会社の関係は、昭和の時代、電気メーカーに系列小売店が存在した関係に似ている。
昭和から平成にかけ、コーヒー業界も長らくそのビジネスモデルが定着していた。
良くも悪くも、大量生産・大量消費を前提としたビジネスモデルが業界標準だったのだ。
家ではネスカフェが定着
一方で、自宅のコーヒー事情はと言うと、ネスレの独壇場であった。
「世界中どこでもネスカフェ」の合言葉で一世を風靡した会社である。
毎晩ゴールデンタイムになると、ネスレのテレビコマーシャルが流れていた。
ネスカフェと姉妹品であるゴールドブレンドのお洒落なCMだ。
現在の、イメージを重視した芸術性の高い日本型CMのさきがけであったと思われる。
「ダバダァ」の音楽と映像、「違いがわかる男」のキャッチコピーは、今でも強く印象に残っている。
ところで、ネスカフェの名の由来をご存知だろうか?
ネスカフェは、ネスレの社名とカフェを掛け合わせた造語なのだ。
日本においては、インスタントコーヒーの代名詞と言っても過言ではないブランド名だろう。
そう言わしめるほど、ネスカフェによりインスタントコーヒーが一気に普及した。
私も一人暮らしを始めるまでは、家で飲むコーヒーは、ネスカフェが当たり前であった。
今でも実家には、ネスカフェの例の寸胴瓶が鎮座しているのだから、その息の長さには脱帽する。
インスタントコーヒーは大発明品
湯を注ぐだけの手軽さが長寿の秘訣なのだろう。
味の方も「こういうものだ」と割切って飲む分には文句も出ない。
コーヒーにこだわりを持つ私も、たまにインスタントコーヒーを飲む機会がある。
また、インスタントの存在価値は非常に高いとも考えている。
世紀の大発明品なのだ。
ところが、
「インスタントコーヒーはコーヒーにあらず」
的な話題に時折出くわすことがある。
コーヒー好きの方から聞く機会が多い。
味の違いもさることながら、コーヒーを飲むまでの手間を惜しむのがいただけないらしい。
そう言いたくなる気持も解らなくもないが、そうした時は話を合わせながらも、
「時と場合で使い分ければいいじゃない」
などと、心の声でひっそり独り言をつぶやいている。
湯を注ぐのは同じだが
さすがに喫茶店やコーヒー専門店でインスタントコーヒーを商品として出す店はないであろう。
ないであろうから言い切るが、店で飲むコーヒーは、レギュラーコーヒーである。
家で淹れるコーヒーも、何らかの抽出器具を使用して淹れるコーヒーはレギュラーコーヒーである。
すなわち、抽出しなければならないコーヒー(この場合は豆や挽き豆の意味)のことをレギュラーコーヒーと呼ぶ。
湯を注ぐ点は同じだが、レギュラーコーヒーは、抽出しなければ飲みものとして成立しないのだ。
このレギュラーコーヒーの抽出方法は様々ある。
最も一般的なのは、ぺーバードリップだろう。
私ももっぱらぺーバードリップで抽出している。
他にもネルドリップやフレンチプレス、サイフォンなどで抽出する方法もある。
キャンプで大活躍するパーコレーターもレギュラーコーヒーのための抽出器具だ。
最近ではエスプレッソマシンを自宅に置く強者までいる。
一方のインスタントコーヒーは?
説明するまでもなく、湯を注ぐだけでコーヒーが飲める大発明品である。
豆そのものに違いがある
レギュラーコーヒーとインスタントコーヒーの違いを豆の品種を介して語れる人は、そう多くないであろう。
コーヒーの品種は数多あるが、もともとの原種は3種類しかない。
それは、
- アラビカ種
- ロブスタ種(カネフォーラ種)
- リベリカ種
の3種類である。
この3種のうち、リベリカ種はほとんど流通していない。したがって、日本で流通している原種は、アラビカ種とロブスタ種の2種類と考えてよい。
品種についての詳しい話は、別の機会に譲るとして、今回は、レギュラーコーヒーとインスタントコーヒーを切り口に、品種の入り口となる原種を取上げてみたい。
世界で飲まれるコーヒー豆の約7割がアラビカ種で、残りの3割がロブスタ種と言われている。
アラビカ種
一般にコーヒー豆(レギュラーコーヒー)として販売されているのは、アラビカ種である。
エチオピア
タンザニア
ブラジル
コロンビア
コスタリカ
グアテマラ
などの国名で呼ばれたり、
モカ
キリマンジャロ
ブルーマウンテン
ブラジルサントス
トラジャ
マンデリン
などの通称で呼ばれる豆の原種は、すべてアラビカ種のコーヒー豆である。
このアラビカ種は、エチオピアがもともとの原産地だ。
高地でしか栽培できず、気温や湿度の変化、病虫害に弱い非常にデリケートな品種と言われている。
ロブスタ種
一方のロブスタ種は、コンゴが原産地だ。
低地栽培が可能で、高温多湿や病虫害にも比較的強い特長を持つ。
しかしながら、ロブスタ種は、アラビカ種のようにストレートで飲まれることがほとんどない。
理由は、その独特の香と苦味のためである。
主にインスタントコーヒーや缶コーヒーの原料として利用されている。
このように、レギュラーコーヒーとインスタントコーヒーは、もともと原種が異なる豆を使用しているのだ。
コーヒー愛好家としては見逃せないウンチクである。
レギュラーコーヒーとインスタントコーヒーでは、そもそもの味わいに違いがあって当然なのである。
まさに「違いがわかる男、あるいは女」ってところだろうか?
「いつもアラビカ種ばかりを飲んでいるので、たまにはロブスタ種をいただいてみるか」
このように、違いを知った上で飲んでみると、インスタントコーヒーの印象も、果たして変わってくるかもしれない。