ハンドドリップへのこだわり

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私の一日は、コーヒーをハンドドリップすることから始まる。

長年の習慣とは馬鹿にならないもので、何かを足したり引いたりすると、途端に調子が狂ってしまうのだ。

この目覚めの一杯無しでは、その日一日のリズムが変調をきたしてしまうこともある。



私の場合の朝のルーティンはこうだ。

豆量を計測する

まず、浅煎にローストした豆をキャニスターから取り出す。

メジャースプーンではなく、コーヒー用ドリップスケールでキッチリ15gを量り取る。

もちろん、ドリップ用の専用スケールだが、豆を量る際も利用する。

コーヒー豆は、同じ豆であっても焼き具合により体積が異なる。そこで、一般には専用のメジャースプーンを用いるのがよいとされている。

浅煎と深煎では、豆の膨らみ方がまったく異なるのだ。

豆は深く煎れば煎るほどしわがよく伸び、大きく膨らむ。

そこでコーヒー器具メーカーが、焼き具合が違っても適量の豆が量れる専用スプーンを用意している。

メーカーのドリッパーを購入すれば、そのメジャースプーンが付いてくる。

スプーン擦り切れ一杯を比較すれば、浅煎の方が深煎の豆の数より多くなるという具合だ。

コーヒー豆専用のメジャースプーン

理にかなったスプーンではあるが、そもそも豆に応じた自分好みの適量を把握してさえいれば、メジャースプーンに頼るまでもない。

ドリップスケール

人にもよると思うが、コーヒードリップにこだわりを持つようになると、


「量(計)れるものはキチンと量(計)り記録する」


という習慣が身についてしまう。



注ぐ湯の量を一定にして、14・15・16gなどと豆の量を変化させながら、好みの一杯が抽出できる量を記録しておくのだ。



それを銘柄別、ロースト別に行い、自分の味覚に応じた適量を把握しておく。

もちろん毎回という訳ではないが、初めての豆の場合は念入りに行う。


好みの一杯を繰返し再現できるか?




再現性を求めるのならば、データ採取は欠かすことができないのである。



さて、

愛用のマグカップに、今まさに210グラム(=210㏄)のコーヒーを淹れようとしている。

豆はコスタリカ産のライトロースト。

自分好みのコーヒーを抽出するために必要な豆の量は?

私の場合、それが浅煎豆であれば15gというわけである。



使用するスケールは、タイムモアのドリップ用スケールを愛用している。

時間と量の両方を同時に計測できる優れものである。

ハンドドリップには欠かせないコーヒードリップ専用のメジャースケール
コーヒーミル

豆を量り終えると、続いて豆を挽く。

コーヒーミルの出番だ。

コーヒーミルは、手動式と電動式に分かれるが、私は日ごろからドリップ道具一式を持ち歩くため、手動式のものを愛用している。

自宅で淹れる際も、一人分なら電動ミルを使用することはしない。

使用後、ミルをそのままにしておけない性格から、どうしても後始末が簡単な手動式を選ぶ。



手動式を敬遠する人は多いのだが、豆を挽くひと手間も意外とオツなものである。

豆の焼き加減の違いが、ダイレクトに手に伝わってくるのが手動式のよいところだ。

この感触の違いは、電動式では味わえない。



また、豆を挽く手間を億劫に感じないかどうかで、その日のメンタルチェックにも役立つ。

ミルの挽き目

コーヒーミルは手動式であれ電動式であれ、


・細挽き

・中挽き

・粗挽き


の3段階が基本の挽き目となる。

さらに、


・極細挽き

・中細挽き


を加えた5段階で挽き目を表現するのが一般的だ。



高額な電動式のものになると、挽き目が無段階で調整できるものもある。

私が普段使用しているタイムモアC2は、36段階調整が可能な手動式ミルである。

ハンドドリップ用の豆を挽くタイムモア製の手動式ミルC2

選択肢が多いのに越したことはないが、多過ぎるのも困りものだ。

特に手動式の場合、粒度(りゅうど)の調整がダイヤル式のため、前に設定したダイヤル数を忘れてしまうと、設定を最初からやり直さなければならなくなる。

その点、電動式はワンタッチで粒度の設定が可能なのがよい。

ミルの性能

このコーヒーミルに求められる性能は、粒度の均一性と微粉(びふん)の抑制だ。


粒度にむらがあると、抽出するコーヒーにもむらが出てしまい、味わいが一定しない。


また、刃の性能が悪ければ多量の微粉が生じてしまい、結果として雑味の多いコーヒーになる。


コーヒー愛好家が、コーヒーミルにこだわりを持つのはそのためだ。


粒度の均一性と微粉の抑制が、味に直結することを経験値として知っているからである。




ちなみに手動式コーヒーミルの最高峰は、ドイツ製のCOMANDANTE(コマンダンテ)だ。

世界が認めた至高のコーヒーミルと呼ばれる一品である。


電動式であれば、世界のバリスタから選ばれているマールクーニックのEK43だろう。


こちらもドイツ製で、業務用グラインダーの世界最高峰マシンである。

昔のCM「いつかはクラウン」のように、

「いつかは……」

といきたいものである。

抽出方式

コーヒーを抽出する方式には、大きく分けて


・透過式(とうか式)

・浸漬式(しんし式)


の2つがある。



湯を透すことでコーヒーを抽出するのが「透過式」。

湯に浸して抽出するのが「浸漬式」である。



透過式の抽出方法は、


ぺーバードリップ

ネルドリップ



が代表だ。


ハンドドリップと言う場合は、

通常この2つの抽出方法のことを指している。

ハンドドリップによるコーヒーの抽出

一方、浸漬式の代表的な抽出方法には、


・フレンチプレス

・サイフォン



がある。

フレンチプレスにしろサイフォンにしろ、

浸漬式の抽出方法は、

淹れ手を選ばないのが特長だ。

誰が淹れても、コーヒーの味に差が出ない。

しかし、ハンドドリップだとそうはいかない。



ハンドドリップは、使用する道具や淹れ手の技量により大きく味が動く。


いわゆる、味がスウィングするのだ。


このスウィング感が堪らなく好きで、私はもっぱらハンドドリップ(普段はペーパードリップ)でコーヒーを抽出している。


スウィングするスリリングなコーヒーを存分に愉しんでいるのである。

ドリッパー

さて、ペーパードリップによる抽出で味を左右する要素はいくつもあるが、使用するドリッパーによっても味は変化する。

ドリッパーが違えば味わいも異なるのだ。

ウソのような本当の話である。



したがって、ハンドドリップにこだわる人は、好みのコーヒーを抽出し易い愛用ドリッパーなるものを持っている。



私の場合は、フラワードリッパーとハリオV60がそれに当たる。

どちらも円錐形のドリッパーである。

あれこれ試した結果、現在のところはこの2つに落ち着いている。

ハンドドリップ用のドリッパーとコーヒーサーバー
ドリップポット

ハンドドリップで最も気を遣うのが湯の注ぎ方である。

湯を注ぐ速度(=湯量)が自在にコントロールできなければならない。

そのためには、どうしてもコーヒー専用のドリップポットが必須となる。

注ぎ口の形状がとても重要なのだ。

一般に、ドリップポットの注ぎ口は細口のものが多い。

注ぐスピードを一定に保つには、細口にならざるを得ないからだ。


精巧なものであれば、まるで点滴のように雫単位で注ぐことができる。


細かなことを言えば、豆の焼き加減によってもポットを使い分けることがある。

浅煎豆の抽出では、コーヒー粉を躍らせる必要があるため、湯量に強弱をつけ易い太口タイプのポットをあえて選択したりもする。


また、すべての条件を同じにし、注ぎ方を変えるだけで味わいに変化がつけられる点も、ハンドドリップの魅力の一つと言えるだろう。


あっさりしたフレーバー(=香味)にしたい場合と、コクを出したい場合では注ぎ方が異なるのだ。


このようにハンドドリップは、コーヒー愛好家にとって、好奇心がくすぐられる抽出方法なのである。

私が愛用しているドリップポットは、

細口タイプがタカヒロの「雫」

太口タイプがカリタの銅製ポット

である。

ハンドドリップ専用のドリップポット
コーヒーサーバー

コーヒーサーバーは、使用するドリッパーに合った容量のものを選べばよい。

耐熱ガラス製のモノが一般的だが、アウトドアでも使用できる割れにくい素材のものまで多種多様揃っている。



デザインも実験室で使用するフラスコやビーカータイプのものから、お洒落なデキャンタタイプのものまである。



コーヒーは、視覚的要素も大切だ。



自宅で愉しむのであれば、その日の気分によってコーヒーサーバーを替えてみるのもよいかもしれない。

お洒落なデキャンタタイプのコーヒーサーバー


サーバーによっては、杯数のメモリ付きのものもあるが、注ぐ湯量は、あくまでもコーヒーサーバーを乗せたドリップ専用のコーヒーメジャーにより量りたい。


あの時の一杯を偶然の一杯としないためにも、「再現性」を前提に量(計)れるものは量(計)り記録する。



ハンドドリップへのこだわりは、これに尽きると言っても過言ではないだろう。

抽出レシピ

ハンドドリップに強いこだわりを持つ一部のコーヒー愛好家は、オリジナルの抽出レシピを持っている。

抽出レシピとは、

自分にとっての至福の一杯を再現する手順

のことである。



私の場合は、


・銘柄別

・焙煎度別


にレシピを記録するようにしている。



では、どのような内容を記録すればよいのか?

レシピに必要な要素を簡単に紹介してみよう。

焙煎度

まずは豆のテロワール(産地特性)を活かす焙煎度を見極めること。

その豆の持つ個性をどのように味わいたいのか?

それを最初にイメージすることはとても大切なことであり、焙煎度と密接に関係している。



最初は誰しも未体験の豆であるから、経験者の助言を頼りにすればよい。

場数を踏めば、自然と解るようになるものだ。

②粒度(メッシュ)

焙煎度に応じた最適な粒度を知る必要がある。

基本的には、


・深い焙煎 → 粗挽き

・浅い焙煎 → 細挽き


となる。



これを踏まえ、焙煎度に応じた最適な粒度を探り出す。

なかなか骨の折れる工程だが、繰り返し試しているうちに、不思議とコレという粒度にたどり着く。

コーヒーの天使が微笑んでくれる瞬間だ。

最高にハッピーな気分に浸れるのは云うまでもない。

③湯温

「量(計)れるものは量(計)るべし」

と繰り返し述べてきたが、この湯温もとても大切な要素である。



ハンドドリップにおいて、サーモメーター(温度計)は、欠かせないガジェットなのだ。



抽出温度としては、86~92℃辺りを主に使用する。

湯温は、抽出成分と密接に関係するため毎回キッチリ測定する。


高温であればあるほど、コーヒーが持つ成分をより多く抽出することになる。


豆の焙煎度と粒度に応じた最適な湯温が求められるのだ。


一般的に浅煎の場合は高温の温、深煎の場合は低温の温を用いる。



ちなみに、抽出成分を味に置き換えるなら、


①酸味

②甘味

③苦味

④雑味


の順番に抽出されることになる。


浅煎豆の場合、焙煎において苦味成分が十分に生成されていないため、全体のバランスを図る必要から高温の湯を注ぐ。


一方で深煎豆の場合は、焙煎において苦味成分が十分に生成されていることから、高温の湯を注ぐと苦味が際立つ。

そこで深煎豆の場合は、極力低い温度の湯を注ぐことで、酸味・甘味・苦味のバランスを図ることになる。

④湯量

豆の量に応じた湯量も重要な要素の一つである。

蒸らしのために注ぐ湯量も考慮に入れ検討する。

求め方は、

豆の量の何倍か?

で求めればよい。


私の朝の一杯は、

15gの浅煎豆を中細挽きにし、

蒸らし湯も含めトータル240gを

91℃の湯で注ぐ。



これが定番のレシピである。



15gの豆に対して16倍の湯を注ぐわけだ。


蒸らしのための注ぎ湯は30g。

これで概ね210gのコーヒーが抽出できる。

マグカップ一杯の丁度よい量だ。


豆量によって蒸らし湯の量も変わる。

注ぐ湯量の倍率によって濃度も変わる。

注ぐ湯温によって味わいも変わる。



そこで、豆量と湯温を一定に保ち、注ぐ湯量を変化させることで味わいがどのようにスウイングするのか繰り返し確認する。

そのようにして自分好みの湯量を探り出す。

⑤抽出タイム

何分かけ抽出するのかにこだわりを持つ人は、自分なりの美味しいコーヒーのイメージを持っているものだ。

抽出に何分かけるのかも、ハンドドリップにおいては大切な要素の一つである。


長過ぎても短過ぎてもダメなのだ。


この抽出タイムは、用いるドリッパーによっても大きく変化する。


また、豆の粒度によっても変化するのだから厄介だ。


厄介であるからこそ、しっかり測定し、自分好みの抽出タイムを探り当てる。


コントロールできるのは、コーヒーポットから注ぐ湯量の調整のみ。


ポットの性能がここで試されることになる。

必然の一杯

さて、朝のルーティンも大詰めだ。

蒸らしのための1投は30g。

蒸らしタイムは30秒。

ドリッパー内のコーヒーが大きなドームを形成する。


その後の第2投。

そっと湯を置くように、ドームの中心めがけ注ぎ始める。

センターをキープしながら湯量を強くする。

コーヒー粉を躍らせ、浅煎豆の酸味と甘味エキスの抽出を促す。

1分を目安に湯量を下げ、一定のスピードを保つ。

小さな円を描くように湯を細く落とし続ける。


ゴールは2分で240g。

もちろん、蒸らしの30秒・30gを含んでの話だ。


注ぎ終えたら、そのまま1分待つ。

いわゆる落とし切りというヤツだ。

雑味が落ちる心配もあるが、浅煎の場合、最後の雫にも甘味成分が含まれているため、私は必ず落とし切る。


3分後、サーバーから温めておいたマグカップへ抽出液を移し替え、朝のルーティンは終了する。



「偶然の一杯ではなく、必然の一杯を抽出する」



これが、ハンドドリップにこだわりを持つ者の、偽らざる本音かもしれない。